「1匹じゃ寂しいだろ」
裕也はそう言って、最後の1匹を大きなケージに入れた。三十一歳、独身。一人暮らし。最初に飼ったハムスターを見ているうちに、自分の寂しさまで重ねるようになっていた。
「みんな一緒のほうが幸せに決まってる」
そう思ったのが始まりだった。
知人から譲られ、ネットで引き取り、気づけば7匹。ケージも7つ並んだ。掃除も面倒、部屋も狭い。そこで裕也は“大きなケージ1つにまとめればいい”と考えた。
巣箱を入れ、回し車を増やし、水も2本つけた。本人としては、かなり気を遣ったつもりだった。
「ほら、ちゃんとしてるじゃん」
その夜、ケージは静かだった。
静かなものほど、あとでろくでもない顔をする。
「善意ってやつは、知識がないと平気で刃物になる。」

翌朝、裕也は部屋の静けさで目を覚ました。
「……静かすぎないか」
いつも聞こえる回し車の音がない。嫌な感じがして、ケージに近づいた。
「……は?」
床材は散り、巣箱は倒れ、透明な壁には細かな毛が張りついていた。昨夜の“仲良くしているように見えた”空気は、どこにもなかった。
隅で1匹が動かない。
別の1匹は体を縮め、もう1匹は落ち着きなく同じ場所を回っていた。
「うそだろ……」
裕也はケージのふたに手をかけたが、指が震えてうまく開かなかった。
「昨日、普通だったじゃん……」
普通だったんじゃない。
見えていなかっただけだった。
「甘い見立てってやつは、朝になるとたいていツケを見せに来る。」

「寂しいと思っただけだったのに……」
その言葉は、朝の冷えた空気の中でひどく薄く響いた。
裕也が重ねたのは、ハムスターの気持ちじゃない。
自分の孤独だった。
一緒にいれば幸せなはずだと、人間の都合を小さな命に押しつけただけだった。
ケージの前にしゃがみ込んだまま、裕也はしばらく動けなかった。
目の前にあるのは、失敗じゃない。
“わかったつもり”で命を扱った結果だった。
「思い込みは、命の流儀を踏みにじる。」

止まるべきだったのは、7匹になった時じゃない。
1匹の寂しさを勝手に決めつけた、その時点だったってことさ。
飼うってのは、自分の気持ちを重ねることじゃない。
相手の習性を知って、合わないことはやらないことなんだよ。かわいそうって感情はな、調べる手間を飛ばした瞬間から、ただの迷惑になる。
※この記事は、社会で起こりうる問題への注意喚起を目的として構成した創作です。特定の人物・団体・出来事を示すものではありません。

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