「薬じゃないんだから、大丈夫でしょ」
久美子はそう言っていた。五十歳。パート勤め。更年期のだるさ、眠りの浅さ、肌の乾き。年齢のせいだと片づけたくない不調が、少しずつ増えていた。
最初は鉄分だった。次にビタミン。疲れに効く、巡りを整える、女性にうれしい、美容にもいい。そう書かれているものを見つけるたび、ひとつずつ増えた。
「食品なんだから、薬より安心よ」
夫にそう言い、娘に「飲みすぎじゃない?」と笑われても気にしなかった。朝に六粒、昼に四粒、夜にまた何種類か。気づけば棚の上には十八種類が並んでいた。
人は、体にいいと信じたものにだけは、妙に無防備になる。
「“体にいい”って看板は、疑う頭から先に眠らせる。」

異変は、じわじわ来た。
最初は吐き気。次にだるさ。食欲が落ち、口の中が苦くなった。だが久美子はやめなかった。
「足りない栄養があるのよ」
「好転反応かも」
都合の悪い変化ほど、信じたい理屈で包みたくなる。
決定的だったのは、スーパーのレジで立っていられなくなった日だった。視界が揺れ、膝が抜けた。病院で医師に、飲んでいるものを全部書き出してくださいと言われ、久美子はようやく自分の“食品”の数を数えた。
「十八種類?」
医師の声は静かだった。静かな声ほど、言い逃れの余地がない。
血液検査の数値は乱れ、肝機能にも異常が出ていた。何が効いたかではなく、何が重なったかの話だった。
「足し算ばかりの健康法は、最後に体のほうが引き算を始める。」

帰宅して、久美子は棚に並んだボトルを見つめた。
守るつもりだった。若さも、元気も、崩れたくない自分も。だが実際にやっていたのは、不安のたびに一瓶ずつ増やして、安心を買った気になっていただけだった。
「私、何を飲んでたんだろ……」
サプリが悪いんじゃない。
“食品だから平気”で考えるのをやめた自分がまずかったのだ。
「安心の飲みすぎは、体を黙らせない。」

やるべきだったのは、不調のたびに足すことじゃない。
まず病院で原因を見て、飲むにしても種類を絞って、医師や薬剤師にまとめて見せるべきだったってことさ。体ってのはな、善意でも重ねすぎればきっちり嫌がる。いいものは、数で効くんじゃない。
引き際を知ってるほうが、だいたい長持ちするんだ。
※この記事は、社会で起こりうる問題への注意喚起を目的として構成した創作です。特定の人物・団体・出来事を示すものではありません。
