「名前だけ貸してくれればいいんだよ」
大輝は、その言葉を軽く聞いた。二十五歳、専門学校生。バイトはしていたが、学費と家賃で余裕はなかった。頼んできたのは、サークル時代の先輩だった。
「すぐ転売先が決まってる」
「端末代も通信料も、こっちで払う」
「お前は契約して受け渡すだけ」
困っている時に近づいてくる“うまい話”ってやつは、だいたい説明がやけに短い。
「でも15台は多くないですか」
「学生の名義、通りやすいんだよ」
「礼もするって」
大輝は少し迷った。だが、先輩は昔から顔が広く、言い方にも妙な自信があった。疑うほうが感じ悪い気さえした。
「じゃあ……一回だけですからね」
その“一回だけ”が、たいてい一番高くつく。
「楽して稼げる話ってやつは、最後だけきっちり本人払いなんだよ。」

契約は拍子抜けするほどあっさり通った。
店を回り、書類を書き、スマホを受け取る。先輩はその場で端末を持っていった。
「助かったわ」
「来月には全部片づくから」
だが、来月になっても振込はなかった。
先輩に連絡すると、「ちょっと待って」が続いた。そのうち既読が遅くなり、電話は出なくなった。
そして請求が来た。
一社目で十数万円。
次に別回線分。
端末代の分割、通信料、オプション、解約できていない回線。封筒を開けるたびに金額が育っていく。
「……嘘だろ」
大輝はショップへ走った。
「これ、払うの自分なんですか」
「ご契約者様ですので」
店員の声は丁寧だった。丁寧な説明ほど、逃げ道がない。
翌月の請求を全部合算すると、毎月の支払いは二十万円を超えていた。学生の“ちょっとした名義貸し”にしては、ずいぶん立派な破滅だった。
「人のために貸した名前でも、請求書だけはきっちり自分宛てに来る。」

「先輩を信じただけだったのに……」
大輝はアパートの床に明細を広げたまま、そうつぶやいた。だが、その言葉は半分しか本当じゃなかった。
信じたのは先輩だけじゃない。
自分だけは大丈夫、学生名義なんて深く見られない、すぐ終わる。そういう都合のいい見込みも、一緒に信じていた。
バイト代では追いつかず、親にも言えない。スマホ代を払うために別の借金を考え始めた時、大輝はようやく理解した。
契約したのはスマホじゃない。
自分名義の責任だった。
机の上には、使ったこともない端末の請求書だけが残っていた。笑えない金額というのは、請求が来てからじゃない。軽くサインした瞬間に、もう始まっている。
「軽い署名は、あとで重く返る。」

やるべきだったのは、先輩の顔を立てることじゃない。
契約者になる以上、自分が最後まで払う覚悟がないなら、その場で断るしかなかったってことさ。
うまい話を持ってくる相手ほど、責任の置き場所を曖昧にする。
名義ってやつはな、貸すもんじゃない。自分の人生ごと貼りついてくる看板なんだ。
※この記事は、社会で起こりうる問題への注意喚起を目的として構成した創作です。特定の人物・団体・出来事を示すものではありません。
