弟の保証人になっただけで預金も実家も失った55歳独身女性が返済のために始めた「やってはいけないこと」

「半年だけでいいんだよ」

弟はそう言って頭を下げた。美和は五十五歳、独身。地元のスーパーで長く働き、贅沢はしない代わりに、預金だけは地道に積んできた。実家には高齢の母が住み、自分は近くの古いアパートで暮らしていた。

「名前だけ貸してくれればいい」
「仕事が回れば、すぐ返せる」
「家族にこんなこと頼めるの、姉ちゃんしかいない」

困っている人間は、相手の良心を使うのがうまい。

美和は断ろうとした。だが弟は母まで連れてきた。

「助けてやっておくれよ」

そのひと言で、正論はだいたい弱くなる。結局、美和は保証人の欄に名前を書いた。半年だけ。名前だけ。何も起きないはずの紙切れに。

もちろん、何も起きない話なら、最初から頭なんか下げない。

「身内ってやつは厄介だ。情を見せた瞬間、そこを入口にして入り込んでくる。」

弟が消えたのは、それから四か月後だった。

電話はつながらない。勤め先にもいない。アパートももぬけの殻。残ったのは督促状だった。最初は封書、次は赤字、その次は訪問。保証人の欄に書いた自分の名前が、ようやく本物の顔で美和の前に現れた。

「支払い義務がありますので」

金融会社の男は丁寧だった。丁寧な人間ほど、逃げ道のない話を落ち着いて言う。

美和は預金を崩した。だが足りなかった。母の住む実家にも抵当が入り、とうとう家まで手放した。弟を助けるつもりで書いた名前一つで、自分の金と母の家が消えた。

それでも返済は終わらなかった。美和は昼の仕事のあと、夜にも金になることを探した。まともな求人は年齢で弾かれ、手早く稼げる話ほど匂いが悪かった。

「荷物を受け取るだけで一件一万円」
「口座を貸すだけ」
「名前を使うだけで危なくない」

まともじゃない話は、たいてい“簡単”な顔で近づいてくる。

美和が手を出したのは、他人名義の荷物受け取りだった。最初の一回は、本当に受け取るだけだった。二回目からは、もう自分でも怪しいとわかっていた。

「追い詰められた時に見える“楽な金”ってやつは、だいたい底が抜けてる。」

「私は、返したかっただけなのに……」

警察に事情を聞かれた帰り、美和は駅前のベンチでそうつぶやいた。だが、その言葉は自分で思うほど無実じゃなかった。

弟を信じた。断れなかった。返済が怖かった。だから怪しい話に手を出した。全部、理由にはなる。だが免罪符にはならない。

アパートに戻ると、解約した通帳と、実家を売ったときの書類が机の上に残っていた。助けるつもりで差し出したものが、いつの間にか自分を削る刃になっていた。

「こんなはずじゃなかった」

たいていの破滅は、そのひと言で片づけられる。だが、そこへ来るまでに何度も止まる場所はあった。美和はようやくわかった。保証人になるというのは、名前を貸すことじゃない。相手の失敗を、自分の人生ごと背負うことなのだ。

「情で書いた名前は、あとで自分の首を締める。」

やるべきだったのは、最初に断ることだ。
どうしても助けるなら、保証人になるんじゃなく、失って終われる額だけ渡すか、債務整理や公的相談につなぐべきだったってことさ。
身内を救うのに、自分の人生まで抵当に入れる必要はない。
情ってやつはな、線を引けないと最後は共倒れになる。

※この記事は、社会で起こりうる問題への注意喚起を目的として構成した創作です。特定の人物・団体・出来事を示すものではありません。